極真空手と古式ムエタイ・ムエ・ボーランの意外な関係(1)

フィリョはK-1において、大きな実績を残す事が出来なかった。それでも私のフランシスコ・フィリョこそが武術の歴史が生み出した最高傑作であるという信念には一片陰りのもない。これから極真空手と新空手が第二のフィリョを育てると言う方向性で切磋琢磨していけば、世界中に現れるモンスター級のキックボクサーを凌駕する空手家が生まれると信じて疑っていない。

そもそも、キックボクサーの技術水準は決して褒められたものではない。彼らのフィジカルは人間離れしているが、もちろん、技術も素晴らしいのだがフィジカルに比べれば、見劣りするのも確かだ。

それに比べてフィリョがK-1のリングで見せた技の完成度の素晴らしさは最高水準と言って差し支えないだろう。ヘビー級のキックボクサーたちの技の荒さと比べて、ムエタイファイターの技の完成度、切れ、無駄のなさはまさに極真空手に匹敵する。いや、正直極真空手より完成度は高いと思う。私見を述べさせてもらうならばやはり立ち技最強はムエタイだ。

しかし、残念なことにムエタイにはヘビー級の選手がいない。チェホンマンのようなスローな選手では問題外だが、基本、ムエタイの技は体の大きさに比例して破壊力が増す。この1点に於いてムエタイは立ち技最強の格闘技の座を譲ってしまっている。

不思議なのは極真空手は世界に出て行っても極真空手だが、ムエタイの場合、世界に出て行った時にキックボクシングになってしまった。私はムエタイに関しては素人だが、タイ人はムエタイのことをボクシングだと思っているらしい。彼らはキックボクシングスタイルのことを国内式と呼び、ボクシングスタイルのことを国際式と呼んでいると言う。

要するにタイ人の認識では、ムエタイと言うのはボクシングの1種であって、蹴り技を使うのが国内式、使わずに手技だけで戦うのが国際式と言う認識のようなのだ。

このような認識がなぜ生まれてきたのかということに関しては推測するしかないのだが、タイ人にとってのムエタイが日本人にとっての空手より、ずっと身近なものであり、生活の1部だと言うことなのだろうと思われる。

ムエタイの創始に関わる伝説で最も有名なのがナスワレン王伝説である。

500年以上前に敵対するビルマ軍にとらえられたシャムのナレスワン王は釈放の要求の条件にビルマ軍最強の兵士との素手での戦いに挑んだ。結果、王は戦いを制した。その後、釈放されたナスワレン王は兵を立て直し、ビルマ軍を討つ。そして、シャム軍人の武術となる。

と言う話なのだが、この話からすると、この伝説はどう考えてもムエタイ創始伝説では無い。ナスワレン王の圧倒的な強さから考えて、この時にはもうムエタイの技術体系はあらかた完成していたのではないかと私は考える。

ナスワレン王ムエタイの中興の祖といったところなのではないだろうか。日本で言えば、柔術から柔道を作った嘉納治五郎のような存在では無いかと思われる。

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