極真空手最強伝説は終わったのか?(1)

私の中で、史上最強の空手家。空手を完成させた男。空手界の至宝。もう一つ余計な事を付け加えれば、私と同い年の男。

私の憧れ、なりたい姿。それがフランシスコフランシスコ・フィリョだ。紛れもなく、フランシスコ・フィリョは空手を完成させた。彼こそが極真空手の完成形であり、実際化け物じみた強さを発揮した。

格闘技は殺し合いではないのでルールによって、有利不利が決まってくる。では、より実戦、ストリートファイトや犯罪被害にあった時、戦争時に役に立つルールはどれかという事になる。

普通に考えれば実戦性は

世界空手連盟ルール(ポイント制)<フルコンタクトルール<キックボクシングルール<総合ルール

となりそうだ。ここでは深入りしないが実際はそうはならない。

まずはフィリョのK-1での戦績を振り返ってフィリョはK-1で通用したのかを考えたい。

勝敗 対戦相手 試合結果 大会名 開催年月日
アンディ・フグ 1R 2:37 KO(右フック) K-1 DREAM ’97 1997年7月20日
バンダー・マーブ 1R 2:22 KO(右中段後ろ蹴り) K-1 GRAND PRIX ’97 開幕戦
【GRAND PRIX 1回戦】
1997年9月7日
× アーネスト・ホースト 3R終了 判定0-2 K-1 GRAND PRIX ’97 決勝戦
GRAND PRIX 準決勝】
1997年11月9日
サム・グレコ 1R 0:15 KO(右フック) K-1 GRAND PRIX ’97 決勝戦
【GRAND PRIX 準々決勝】
1997年11月9日
レイ・セフォー 5R終了 判定1-1 K-1 KINGS ’98 1998年4月9日
ピーター・アーツ 1R終了時 TKO(ドクターストップ:右脛裂傷) K-1 DREAM ’98 1998年7月18日
リック・ルーファス 3R 0:15 KO(右ローキック) K-1 GRAND PRIX ’98 開幕戦
【GRAND PRIX 1回戦】
1998年9月27日
× マイク・ベルナルド 3R 1:35 TKO(2ノックダウン:右フック) K-1 GRAND PRIX ’98 決勝戦
【GRAND PRIX 準々決勝】
1998年12月13日
アーネスト・ホースト 1R 1:37 KO(右フック) K-1 REVENGE ’99 1999年4月25日
× ジェロム・レ・バンナ 1R 2:02 KO(左ストレート) K-1 THE MILLENNIUM 2000年4月23日
シリル・アビディ 2R 0:25 TKO(タオル投入) K-1 WORLD GP 2000 in 横浜
GP予選トーナメント 決勝】
2000年8月20日
マット・スケルトン 2R 2:36 KO(右アッパー) K-1 WORLD GP 2000 in 横浜
【GP予選トーナメント 準決勝】
2000年8月20日
中迫剛 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2000 in 横浜
GP予選トーナメント 1回戦】
2000年8月20日
× アーネスト・ホースト 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2000 決勝戦 2000年12月10日
ステファン・レコ 3R+延長2R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2000 決勝戦 2000年12月10日
× セルゲイ・イバノビッチ 3R+延長R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2001 in ラスベガス 2001年8月11日
ロイド・ヴァン・ダム 3R+延長R終了 判定2-0 K-1 WORLD GP 2001 in 福岡
【敗者復活トーナメントAブロック 決勝】
2001年10月8日
セルゲイ・イバノビッチ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2001 in 福岡
【敗者復活トーナメントAブロック 1回戦】
2001年10月8日
× マーク・ハント 3R+延長R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 2001年12月8日
アレクセイ・イグナショフ 3R終了 判定3-0 K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 2001年12月8日
ピーター・アーツ 2R終了時 TKO(タオル投入:左足甲負傷) K-1 WORLD GP 2001 決勝戦 2001年12月8日
マイク・ベルナルド 5R終了 判定1-0 K-1 WORLD GP 2003 in 福岡 2003年7月13日
× ステファン”ブリッツ”レコ 3R終了 判定0-3 K-1 WORLD GP 2003 開幕戦 ALL STARS
WORLD GP 1回戦】
2003年10月11日
TOA 3R終了 判定2-1 K-1 PREMIUM 2003 Dynamite!! 2003年12月31日
レミー・ボンヤスキー 3R終了 判定3-0 一撃 5.30 ICHIGEKI 2004年5月30日

フィリョ

26戦16勝8敗2引き分け

勝率6割1分5厘。不利なキックボクシングルールの中で世界のトップファイターを相手に十分な数字だが、私は8割は勝てると思っていた。悔しい。私はフィリョ最強を信じて疑わなかった。極真の世界選手権で優勝した時のフィリョはそれほど圧倒的だった。天性のパワー、バネ、スピードに加えて、均整のとれた体、大山倍達先生の教えをトレーナーとして理論的に完成させた磯部師範のコーチ。全てが彼を空手界の至宝として磨きあげた。

ルールの不利があるし、顔面パンチありの試合は何が起こるかわからない。それでも8割は買ってK-1のレジェンドに顔を連ねる。それが私の予想だった。しかし、実際はそうならなかったのだ。

次に別の角度から分析してみる。K-1のレジェンドと言えばピーター・アーツ、アーネスト・ホースト、レミー・ボンヤスキーだ。この顔触れを見てもK-1の特殊性が見えてくる。K-1ではハードパンチャーはまず優勝出来ない。唯一の例外はK-1 WORLD GP 2001 優勝のマーク・ハントだけだ。一般論だがパンチ力とスタミナは反比例する。暴力的に単純化するとパンチ力は筋力×重量、対してスタミナは適度な筋力×軽量となる。K-1 で優勝するにはフィリョは体重が重すぎた。

さて、K-1レジェンドとフィリョの対戦成績を分析すると

対ピーター・アーツ 2戦2勝

対アーネスト・ホースト 1勝2敗

対レミー・ボンヤスキー 1勝

なんと勝ち越しているではないか!ホーストには1つ負け越しているが、ホーストをパンチの連打で気絶させているし、ピーター・アーツはフィリョのローキックで足から大出血している。やはりK-1ルールでもフィリョは強かった。では何がいけなかったのか?次にフィリョとK-1のハードパンチャーの対戦成績を示す。

ジェロム・レバンナ 1敗

マイク・ベルナルド1敗1分

マークハント1敗

レイセフォー1分

と負け越している。フィリョの天敵は自分以上のハードパンチャーだった。中でも絶対忘れられない1戦がある。空手家にとっては悪夢のような試合だ。私もリアルタイムで見ていて、信じられないという気持ちと来るべき物が来てしまったという気持ちがないまぜになっていた。

身長はバンナが若干高め。バンナはこの頃、K-1でさらに上を目指して、体重を絞り、スタミナをつけていた。ヘビー級なのに驚くほどスピードが速い。

間合いも遠い。空手家にとっては気が遠くなるような距離だ。他の選手との対戦のようにガンガン前に出られなかったのはバンナに必殺のパンチがあるからだ。でも、それが良くなかった。空手では相手のワザを潰すために前に出ろと言われる。一番初歩的な戦法なのだが、これが実に効果的だ。技というのは、ちょうどいい間合いによって、最大の威力を発揮する。

固定した距離にいたフィリョはバンナの絶好の的になってしまった。バンナはズバッと踏み込んでフックというか、スローイングパンチを放った。スローイングパンチというのは野球のピッチャーのスローイングと似ているところから付けられた名前で、キックボクシングの試合ではまず、当たらない。おお振りである。キックボクサーなら、相手がステップインしてきたら、カウンターを狙うか、サイドステップでかわす。しかし、フィリョは一歩後ろに下がるという最悪の選択肢を選んでしまった。 

この試合でフィリョは半失神させられ、空手家としての命を奪われた。それまで前傾姿勢でどんどんKOを生み出したファイトスタイルは消え、後傾姿勢でディフェンスを重視し、判定試合が多くなった。

コメント