極真空手最強伝説は終わったのか(8)〜フィリョは発勁を使っていた

極限状態では体の芯に身についた技が出る。新垣師範はどうしても技を止めてしまったと語った。この話は後日談があって、後日、芦原英幸氏がじきじきにユタ州にある新垣師範の道場を訪れたと言う。もちろん、スカウトするためだ。もしこの時、新垣師範が芦原会館に入っていたら、他流派の技術を柔軟に吸収することをいとわない芦原英幸氏の事だから、空手界に大変革が起こっていた事は間違いないだろう。しかし、新垣師範はあえて沖縄空手でフルコンタクト空手に挑戦する困難な道を選んだ。

この決定は後に沖縄空手界に重大な変革をもたらすことになる。現在では沖縄で沖縄空手各流派が集まって、フルコンタクトルールによる大会が行われている。非常に残念なのは、沖縄空手の重要さに気づいているのがほとんど外国人だと言うことである。毎年沖縄後を各国の空手家が続々と修行のために訪れている。それに対して沖縄を訪れる日本人空手家は決して多くは無い。フルコンタクト空手はその試合ルールに合わせて、沖縄空手から伝承された重要な様々な技を捨ててしまっている。そのかわりムエタイから回し蹴りの技術を取り入れ、さらに発展させる形で回転技と言うものまで生み出している。また、あえて伝承されなかった技もあるだろう。

フルコンタクト空手家にはまずはまずはK-1を目指していただきたい。そして、引退されたら、今度は沖縄空手の技術を学んで引き継いで欲しいと切に願う。そうでなければ、空手という貴重な技術と文化が途切れてしまう。

新垣師範はその後、弟子のアメリカ人空手家を育てあげ、極真空手世界大会において、他流派としては異例のベスト8入りを果たしている。新垣師範は言語の壁、文化の壁がありどうしてもアメリカ人の弟子には沖縄空手の深奥を伝えられないと苦悩されていた。新垣師範の創始した無想会空手もまさに国宝級の宝である。

随分と回り道してしまったが、ようやくフィリョの発勁について話せる。新垣師範は日本人大学生に殊の外親切にしてくださり、時にはご自分からソルトレークから20kmも離れた大学まで出向いて教えていただいた。恐れ多い事だ。

その時、教えていただいた空手の奥義が仮想の重心という物でこれについての詳細は回を改めるが、要は重心移動を打撃力に転嫁するということである。フィリョが恐ろしいのは、実践においてほぼ完璧にこれができているということである。

発勁と言うと気のような何か神秘的な力のような気がするが、そんな事は全くなく、純粋に筋力と骨格と体重と地球の重力によって生み出される物理的な力である。

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