総力特集 RIZIN15(12)

アームロックを起点に苦もなくフランソワをひっくり返してしまった。フランソワもフランソワでひっくり返された瞬間にブリッチでRENAを跳ね飛ばしてしまう。

私は女子格闘技における歴史的1戦を目にしていると感じた。さらに面白かったのはRENAはスタンディングになってもアームロックをとかなかったことだ。私の脳裏に歴史に残る1戦が思い浮かんだ。

総合格闘技歴史はブラジルから始まった。ブラジルに柔道の創始者嘉納治五郎の弟子前田光世が柔道と柔術を伝え、諸説ありますが、間違いなくその影響下でグレイシー柔術は生まれた。

親日家であったルーズベルト大統領の計らいでホワイトハウスに講道館柔道の選手が招かれ試合を行うも、団長を務めていた講道館四天王の1人富田常次郎が、体重約160㎏の巨漢選手に敗れてしまう。日本柔道の威厳を示すべく雪辱を誓った前田はアメリカに残り、1000ドルという賞金を餌に再びアメリカ全土を周り、挑戦してくるボクサーなどを片っ端から退ける。アトランタでは世界一の力持ちと恐れられたブッチャー・ボーイさえも破っている。その後はメキシコやヨーロッパなど世界各地で異種格闘技戦を行い、ブラジルに辿り着く。この間2000勝以上し、柔道衣着用の試合では終に無敗であった。

この前田光世の影響下でグレイシー柔術や他のブラジリアン柔術は生まれた。ブラジリアン柔術各流派が中心になってブラジルではルッタリブレという、現在の総合格闘技のもとになる興行が行われた。グレイシー一族がアメリカのショービジネスと結びつき、ルッタリブレをアメリカに持ち込んだ。ルッタリブレはより過激にショーアップされ、八角形の金網の中で戦うと言う、およそ武道精神からかけ離れた野蛮なショーになって成り下がった。それがUFCの始まりである。初期の頃は非常に非道徳的であり、残虐であり、教育的悪影響があるとされ、州によってはUFCの開催が禁じられるところもあった。その後、ルールが整備されたり、レフェリングが格段に進歩して、正当な格闘技として認知されるようになった。そのUFCにおいて初期に圧倒的な強さを見せつけ、しかも技術的に総合格闘技の基礎を作ったのがグレイシー柔術である。グレイシー柔術がなければ、総合格闘技もなかったと言える。そもそも、マウントポジションと言う総合格闘技の中核技術はグレイシー柔術から出てきたもので、初めて見た格闘関係者はまるで子供の喧嘩のようだと驚いたものだ。確かにマウントポジションは一見子供の喧嘩のように見えるが、非常に繊細なボディーコントロールによって相手の動きを封じ、そこからどのような攻撃をするにしても圧倒的優位に立つことができると言うまさに格闘技界における大発明であった。

グレイシー一族は研究し尽くされ、今では総合格闘技において特段強い格闘技とはみなされていないが、初期の頃は圧倒的な強さを誇り、誰もグレイシー族を破ることができないのではないかとさえ言われていた。

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