最高の拳法を求めて自伝編

最高の拳法とは通常の筋力ではなく、重力とインナーマッスルを用いる拳法である。このブログでは私が最高の拳法に巡り合うまでの過程を自伝編と技術編に分けてえがいていく。

こんな大それたブログを書くのだから、作者は相当な実力者であろうというのが読者の気持ちではなかろうか。最初に断言しておくが、はっきりって私は弱い。何を隠そう小学校の頃のあだ名は「運動神経0」である。子供と言うのはなんと無慈悲なのだろうか。正確に現実を突きつける。しかし「運動神経0」こそが私の現実だった。

小学校2年生の時に体育で逆上がりの学習があった。何の苦もなく次々にクリアしていく友人たち。とても不思議だった。なぜ友人たちはこのような初めて目にする異次元の鉄棒技術を楽々とものにすることができるのだろうか?

それから1ヵ月の間、私を含めた逆上がりができない5人組はクラスから分けられて運動場の片隅でひたすら逆上がりの練習をさせられた。何かコツなど教えてもらえるわけでもなく、ひたすら根性で練習させられた。私の世代は根性論が通用した最後の世代だと思う。

私は悔しかった。しかし悔しい以上に猛烈に憧れた。あの逆上がりを楽々とクリアしてしまう友人たちに。1部の女子などは逆上がりところが地面に足もつかずに何回も回転し続けるのだった。私は猛烈に憧れた。そして、彼らの足元に近づきたいと切に願った。

学校が終わって家に帰ると、いつも専業主婦の母が迎えてくれた。学校はいつも楽しかったわけではないが、学校が終わって、1日の出来事母に話すと不思議と何もかもが良い思い出に変わるのだった。鉄棒のことも母に話して自分が練習が必要であることを説明した。そして毎日、家に帰り着くと公園に出かけていって公園の鉄棒で逆上がりの練習をするのであった。

はじめのうちは自分には永遠にできないように思われた。半ばヤケになって勢いをつけて逆上がりを試みた。そうするうちに次第に鉄棒と自分のお腹の距離が近づいていることに気づいた。私はお腹が鉄棒に近づくように踏み切りをすれば良いのではないかと考えた。

先生はこうしたコツを全然教えてくれなかった。だが今考えると教えてもらえなかったからこそ自分で考えたのではないかと思う。学校の役割って大切なのは何でもかんでも詰め込むのではなく、子供たちに考えるきっかけを与えることなのかもしれないと思う。

いずれにしろ、目標が明確になった私は以前にも増して、熱心に練習した。ついには昼休みにも練習を始めた。逆上がりなんてできて当たり前のイケてる友人達は、そんな私に冷ややかなった目線を送っていた。

コメント